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書評『最後の将軍-徳川慶喜-』司馬遼太郎が描き切れなかった希代の人物

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書評『最後の将軍-徳川慶喜-』司馬遼太郎が描き切れなかった希代の人物

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こんにちは、じゅんです。

司馬遼太郎、と言えば真っ先に思い浮かべるのが『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』等の幕末、明治維新を題材に扱った時代小説でしょう。

今回は同じ幕末に生きた希代の政治家『徳川慶喜』を主人公に据え、NHK大河ドラマの原作にもなった『最後の将軍 -徳川慶喜-』を紹介します。

徳川慶喜は無能な将軍だったのか?

司馬遼太郎の最後の将軍徳川慶喜

十五代続いた徳川幕府の最後の将軍となってしまった『徳川慶喜』。

果たしていったいどんな人だったのでしょうか?

『歴史ある徳川幕府を守り切れなかった無能な将軍』だったり、『時代の波に飲み込まれてしまった悲劇の将軍』と言ったような印象を持たれている方も多いのではないでしょうか?

しかし、そんな印象はこの司馬遼太郎の作品を読むと一変します。

寧ろ、十四代将軍である『徳川家茂』が『最後の将軍』となっていたら、歴史は大きく変わっていたかもしれません。

『最後の将軍』が『徳川慶喜』だったからこそ、明治維新がスムーズに行われ、日本が近代のように大きく発展することができたと言っても過言ではないでしょう。

何から何まで計算づくだった徳川慶喜の政治手腕

司馬遼太郎の『最後の将軍』を読んでみての、『徳川慶喜』に対する印象、それは『役者だな~』です。

『徳川慶喜』は多趣味な人で、油絵を描いたり、写真と言う技術を誰よりも早く試してみたり、読書もたくさんしていたようです。

多くの書籍を読んだ結果、出来上がった『徳川慶喜』の考え方が、

『歴史に名を残した時に、自分に良い印象を持って描かれること』

という何ともナルシスト的なところがあったようです。

そう考えると、『徳川慶喜』の一連の行動について、大体説明できるでしょう。

『十四代将軍 徳川家茂』が亡くなった後も暫く将軍職就任を固辞し続けたこと、大政奉還を将軍自ら積極的に進めたこと、将軍を退いた後はなかなか江戸に戻らなかったこと等々。

司馬遼太郎の描き方にも拠るのかもしれませんが、歴史上の人物として、どこか憎めないところがある、そんな印象を受けました。

徳川慶喜は江戸時代の小泉純一郎?

『徳川慶喜』は非常に弁の立つ人で、政治の場で話し始めたら、他の誰も割って入ることができないほど、独りで何時間も喋り続けたと言います。

やがて、将軍が着座した。みないっせいに平伏した。慶喜は政権返上についての文章をよみあげさせ、やがて口をひらいた。
雄弁が開始された。

(中略)

と、数時間にわたって説き来たり説き去り、最後に、
「異存はあるか。あらば、言え」
といった。みな、微動もしない。
意外の上意に茫然としたというよりも、一種の催眠状態におちいっていた。
その御明弁に酔えるなり。
と、現場の異様な空気をみた当事者のひとりが、その日記に書きしるした。

『一種の催眠状態』に陥ってしまうくらい、独壇場で喋り続け、周りを圧倒し続けた。

この弁論で周りを自分のペースに持ち込む手法、どことなく、あの『小泉純一郎』の絶頂期を思い起こさせます。

街頭に立ち、マイクを持ち、周りに集まった人たちに持論を展開する。

自分に歯向かうものは自民党の仲間として認めない。

凄みを効かせて、自分のやり方を周りに認めさせる、いわば『強引』とも言える手法。

『弁が立つ』と言うことは『頭が良い』ことの証明でもあるので、『徳川慶喜』という人物はそれだけ切れ者だったと言えるでしょう。

司馬遼太郎が描き切れなかった希代の人物『徳川慶喜』

現代の江戸城跡

あとがきに司馬遼太郎はこのように記しています。

当初の予定は、連載ではなく一回で書きおわるつもりであった。が、最初の百二十枚を書いても書きおえることができず、結局そのつぎの号にさらに百数十枚を書き足した。それでもおわらず、第三号目にさらに二百枚ちかくを書きつなぐことによってようやくおわった。私のうかつであった。慶喜が将軍であった期間はわずか二年たらずでしかなかった。であるのにこれほど多くのことばがかれのために必要だったとは、当初気づかなかった。それでもなおいま、書き足りなかった悔恨がかすかにのこっているのは、どうしたことであろう。筆力の不足ということもさることながら、徳川慶喜という私のこの対象には、素材そのものがすでに酒精度の高い、ひとを酩酊させるものをもっているがためのように思える。そうとしかおもいようがない。

司馬遼太郎をもってしても、全てを描き切れなかった希代の人物『徳川慶喜』。

もちろんこの作品は、『徳川慶喜』が将軍であった二年間のみを描いたものではなく、その前後も合わせて描いた物語ではあります。

寧ろ、『徳川慶喜』の場合、その『将軍でない期間』の活動の方が重要なのかもしれません。

この時代に徳川家に産まれてきたのが運の尽きだったのかもしれません。

類稀なる才能を持った逸材だっただけに、今の時代に産まれて来たら、それはそれで大きなことを成し遂げていた可能性は十分にあったでしょう。

司馬遼太郎のこの『最後の将軍』という作品を読んで、俄然『徳川慶喜』という人物に興味が湧いてきました。

司馬作品の中では比較的地味な作品ではありますが、一読をおすすめします。