シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

箱根マラソンの裏側も見える珠玉の青春ストーリー『チーム』書評

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

箱根マラソンの裏側も見える珠玉の青春ストーリー『チーム』書評

amazon評価(2016/5/13現在)  :
感動度                                  :
問題定義度                           :
感情移入度                           :

こんにちは、じゅんです。

今回紹介するのは、以前当ブログでも採り上げた三浦しおんさんの『風が強く吹いている』と同じ『箱根駅伝』を題材にした小説『チーム』です。

『風が強く吹いている』とはどこが違った作品なのか?

レビューします。

この本はこんな方にお勧め

・箱根駅伝を毎年お正月に欠かさず観ている人

・学生たちの青春ストーリーを読みたい、と思った方

・箱根駅伝の裏側を知りたい、と思っている方

『チーム』目次

大きくは、箱根駅伝本番前と当日の2部に分かれます。

第1部 敗れし者

第2部 敗れざる者

エピローグ

箱根駅伝における学連選抜って、何だ?

同じ『箱根駅伝』を題材にした小説『風が強く吹いている』では、弱小チームを仲間の力で箱根出場を勝ち取り、シード権獲得を目指す青春物語でした。

『風が強く吹いている』に関しては、以前当ブログで書評を書いていますのでご覧ください。

⇒ 書評『風が強く吹いている』 箱根駅伝題材の青春小説、ランナーなら絶対読むべし

一方今回取り上げた小説『チーム』は普段は仲間ではない、予選会で敗退した学校から成績上位選手が選ばれる、いわば寄せ集め集団『学連選抜』チームが箱根駅伝優勝を目指す青春物語になっています。

ところで、この『学連選抜』とはいったいどのような『チーム』なのでしょうか?

Wikipediaで調べるとこんな風に書いてありました。

関東学生連合チームは1校から1名が選出される。

毎年10月に行われる箱根駅伝予選会で出場権を得られなかった大学の中から、予選会で個人成績が優秀な選手が選抜されて構成されるが、選出選手は本大会出場回数を2回を超えないことが要件となっている。

(中略)

関東学生連合チームはオープン参加である。

個人記録そのものは有効な記録であるが順位は付かず、チーム・個人ともに参考記録となる。
また、監督は通常、箱根駅伝予選会で落選した大学のうち最上位の大学の監督が務める。

(Wikipedia『関東学生連合チーム』より引用)

つまり、予選で惜しくもあと1つ順位が上だったら箱根駅伝本線に出場できていた、という学校のチームでも、その学校内の最上位選手1名しか選ばれないのです。

選手全員一人として同じ大学の者はおらず、決してチームワークが良いとは言えませんし、チーム最上位者が選ばれるとは言え、予選会の中でもかなり順位が低いチームの選手も含まれるわけですから、決して有力選手が集まるということは期待できません。

そんな訳ですから、10位入賞することすら難しいのが現実です。

どちらかと言うと、実力は持ってるけど、チーム力で『箱根駅伝』本線に出場できない選手の思い出作り的な意味合いが強そうな制度ですね。

駅伝は個人競技なのか、チーム競技なのか?

この物語は、普段あまり日の当たらない『学連選抜』にとっては、珍しく優勝を狙えるだけの力を備えた選手たちが集まったら、という『もしも』のお話です。

元々別々のチームで箱根駅伝出場を目指してきた選手たちにとって、寄せ集めのチームで纏まることができるのか・・・?

駅伝はご存知の通り、各校ともずっと一緒に練習を続けてきた仲間同士で襷をつないでいくレース。

しかし、学連選抜は箱根駅伝本番まで、チームメートが一緒に練習できるのはほんの数日間のみ。

一体感を持つのもなかなか難しいと言わざるを得ません。

この物語でも、結束しようと努力する主人公に対して、和を乱す、学連選抜内でも最も実力を持った選手が登場します。

駅伝は個人競技なのか、それともチーム競技なのか、この小説が1つの解答を示してくれているのかもしれません。

長野マラソンゴール前の競技場入り口

箱根駅伝の裏側も垣間見える傑作でした

『チーム』では、『箱根駅伝』という、ある意味日本の風物詩、国技であるとも言える駅伝を、決して神聖視せず、良い意味で、問題定義をしているところだと思います。

選手にとって、箱根駅伝に出場することが果たして幸せなことなのか?

関東の大学だけが出場資格を持つ競技なのに、ここまでクローズアップされるような事態は果たして健全なのか?

感動する作品でありながら、考えさせられる。

『風が強く吹いている』とは視点の異なる、こちらも秀作と呼ぶに相応しい作品でした。